自社株買いで株価が上がる理由、配当金よりも嬉しい最高の株主還元
執筆者:川原裕也
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株式投資をしていると「自社株買い」という言葉を耳にすることがあります。
企業のIR(開示情報)では、「自己株式の取得に係る事項の決定に関するお知らせ」という言い回しで自社株買いの発表が行われます。
個人投資家は「配当金」を喜ぶ傾向にありますが、私の意見としては増配するよりも自社株買いを行う企業の方が良いと考えています。
自社株買いは、配当金よりも嬉しい最高の株主還元策です。
目次
自社株買いをすると株価が上がる理由
「自社株買い」、「増配(配当金の引き上げ)」はどちらも代表的な株主還元策の方法です。
両者の違いを簡単にまとめると、
- 増配 = 配当金で還元
- 自社株買い = 株価の値上がりで還元
となります。
最近は、増配よりも自社株買いを優先する企業も増えており、例えばレンタルサーバーやインターネットのドメイン管理で有名な「GMOインターネット(9449)」の2016年12月期の方針では下記のように株主還元策がまとめられています。
▼GMOインターネットの株主還元策
- 総還元性向:50%
- 配当性向:33%以上(四半期配当)
- 自己株式の取得:17%(年度末の最終利益を原資として翌年度に実施)
(GMOインターネット 2016年12月期)
配当性向というのは、最終利益の何パーセントを配当金に回すか?という指標です。
上記の例では、GMOインターネットの1年間の最終利益のうち、33%を配当金に、17%を自社株買いに使い、その合計を「総還元性向」という指標で示しています。
つまり、最終利益の50%を配当や自社株買いで株主に還元し、残り50%を「内部留保」という形で翌年以降の企業の成長資金として再投資するという理屈です。
なぜ自社株買いすると株価は上がるの?
自社株買いというのは、企業が発行済み株式数の一部を取得(吸収)することです。
企業が取得した自社株は、一旦は「金庫株」として市場に流通せず保管されますが、その後「自社株消却」をして消してしまうことが多いです。
発行済み株式数が少なくなることで、1株あたり利益が向上するため、株主価値が高まります。
わかりやすく言うと、単純に自社という大口が大量の株を買ってくれるので株価が値上がりするというイメージです。もし、その企業が、買った株を永久に手放さないとすれば、株価値上がりを期待する株主にとってはとてもに嬉しい話ですよね。
発行済み株式数100株、当期純利益100円の会社があるとします。
1株あたり当期純利益(EPS)は1円です。
自社の現金が積み上がってきたので、この現金を配当ではなく自社株買いに使い、発行済み株式数の50%を市場で買い上げて消却することにしました。
自社株買い後の発行済み株式数は50株、当期純利益は変わらず100円です。
すると、当期純利益は変わらないのに、自社株買いをしただけで、1株あたり当期純利益(EPS)が2円になりました。
なぜなら、発行済株式総数が減っているために1株主に割り当てられる利益が増えたのです。
つまり、これまで投資家がこの企業に投資をしても、1円の利益しか生み出していませんでしたが、これからはずっと2円の利益を生み出すことになります。
EPSの向上はPERを低下させるので、株価が割安になると考えることもできます。
もうひとつわかりやすい例えで説明するならば、上記の場合で、発行済み株式数100株のうち99株を自社株買いしたとします。すると、発行済み株式数が1株となります。
これまで最大で100人が入手可能だった株式は、現在は1人しか入手できない「レア株」となってしまいました。レアなものの値段は上がる、これが自社株買いで株価が上がる理屈です。
市場に流通する株式が減ることで、その銘柄の株式が「レア化」するのでその分、株価が値上がりするのです。
自社株買いが行われる4つのタイミング
自社株買いが発表されるケースはさまざまですが、私の経験では主に下記の4つのケースで自社株買いが発表されることが多いです。
1.企業が自社の株価に納得していない
業績は良いのに日経平均株価の下落影響などで株価が下がっている、または業績は良いのに株価が正当に評価されないなど、何らかの形で企業側が自社の株価水準に納得していない場合。
単純に、企業が「うちの株は今すごく安いぞ!」ということを行動をもってアピールする目的で自社株買いを発表します。
2.業績悪化のお詫び
逆に、企業自身の業績が悪化し「下方修正」などを発表した場合に、株主へのお詫びとして自社株買いを発表します。
下方修正とセットで自社株買いが発表されることは多く、この場合、下方修正の株価下落圧力と、自社株買いの株価上昇圧力によって、翌日の株価は拮抗します。
株価対策の目的ですね。
3.希薄化を避けるため
自社株買いは「発行済み株式数を減らす行為」ですが、増資や株式交換による買収は「発行済み株式数(または流通する株式数)を増やす行為」なので、株主にとってはマイナス影響です。
これを「株式の希薄化」といい、株価の下落圧力となります。
これを避けるために、増資や株式交換といった希薄化とセットで、自社株買いを発表します。
こちらも株主に配慮した対応と考えることができます。
4.株主還元策の1つとして
先ほど紹介したGMOインターネットのように、株主還元策の1つとして自社株買いを行うケースです。
自己株式を取得すると、純資産が低下するので実質的に経営効率が上がります。つまり、ROE(自己資本利益率)が上がります。
昨今は、経営指標としてROEを向上させることに注力している企業も多く、ROEを引き上げる目的で自社株買いを行うことも多いです。
自社株買いで注意したい3つのポイント
株主還元策の1つでもある「自社株買い」には、注意すべきポイントもいくつかあります。
取得割合と取得方法に注意
企業が自社株買いを発表するときは、
- 取得する株式の総数(または金額)
- 自社株買いを行う期間
- 株式の取得方法
の3つを主にチェックしておくことをおすすめします。
取得する株式の総数が、発行済株式総数に対して大きければ、それだけ株価の値上がり期待も大きくなります。
また、自社株買いを行う期間がいつからいつまでなのかにも注目しておく必要があります。自社株買いが終了すると、「自社株買いによる株価の買い支え」がなくなるため、その反動によって一時的な株価の下落を招きやすくなるからです。
私が最も注目しているのは、「株式の取得方法」です。「東京証券取引所における市場買付」と書かれていれば、私たちと同じように東証のマーケットで株を買ってくれるので自社株買いの恩恵を受けやすいです。
しかし、取得方法として「東京証券取引所の自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)において買付けの委託を行う」と発表されることも少なくありません。
この場合は、市場買付ではなく機関投資家や大株主から時間外取引を使って取得することになります。
機関投資家や大株主は日常的に保有株を流通させないので、「元々あまり流通していなかった株式を金庫株にする」ことになり、株価への影響は小さくなってしまいます。
株価形成に直接作用するのは、日常的に流通している「浮動株」なので、自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)を活用した自社株買いでは、株価はほとんど変わらないということも少なくありません。
買う買う詐欺を行う会社も
自社株買いを発表した会社は、その買付期間に定期的にリリースを出し、「自社株買い発表後、現在どれくらい買っているのか」を公表します。
自社株買いは大抵「取得する株式の総数 3,500,000株(上限)」と書かれているので、発表後に必ずその数量を買う必要はありません。
この仕組みを狙って、「自社株買い発表 → 株価が上がる → いつまで経っても1株も自社株買いをしない → 取得期間終了、結局自社株を買い戻した数量は0株」という驚くようなことをする会社も存在します。
これはわかりやすく言えば「株主還元しますよ」と言っておいて、何もしないのと同じです。
様々な事情によってこのような「買う買う詐欺」は起こるのだと思いますが、買う買う詐欺をした銘柄は「株主軽視」をしているわけですから、企業体質を疑わざるをえません。
もちろん、自社株買いの発表とともに株価が想定以上に値上がりしてしまい、到底買える水準ではなくなってしまったことから、自社株買いをせずに終了せざるをえないケースもあると思います。
一度買い戻した自社株が再び放出される
自社株買いによって企業が発行株式を買い戻した場合、一旦は流通しない「金庫株」として保管されます。
その後、保管している金庫株の使い道がなければ「消却」が行われ、晴れて買い戻した自社株はなくなり、株主の1株利益が向上します。
一方で、保管している金庫株は「処分」という形で第3者に放出されることもあります。つまり、一度吸い上げた株式を再び流通させるというわけです。
株式を「処分」する方法としては、従業員にストック・オプションを付与したり、株式交換による買収に使ったりします。
株式交換による買収は、新株発行をして買収先に渡す場合と、金庫株の一部を渡す場合があります。
しかし、株主にとってはいずれの行為も「株式の希薄化」を招く原因となります。だからこそ、上記で紹介したとおり「株式交換による買収とセットで自社株買いを行う」という事例が出てくるわけです。
Q.株式交換を行うためには、それに見合った自己株式のストックが必要か?
A.特段、自己株式のストックは必要ない。
株式交換の対価となる株式は、新たに発行される株式でも、自己株式(いわゆる金庫株)でも、いずれでも構わない。
(いまさら聞けない株式交換のQ&A 大和総研)
配当金よりも自社株買いのほうがいい理由
冒頭で、「個人投資家は配当金を喜ぶ傾向にありますが、私の意見としては増配するよりも自社株買いを行う企業の方が良いと考えています。」と書きました。
これはなぜか、とても重要な視点なので最後にまとめておきたいと思います。
自社株買いが株主配当より優れるポイントは、税金にあります。
配当金(増配)のメリット
・現金として配当されるお金が増えるのでわかりやすい
デメリット
・配当金に対して課税されるので複利効果が得られない
自社株買いのメリット
・浮動株が減ることで株価が値上がりする(株価上昇で還元)
・事実上、配当金が再投資されているのと同じ
・株価上昇で含み益が拡大しても売却しない限り課税されない
デメリット
・配当金のように、現金で還元されているという実感がない
つまり、株主還元できる現金が100億円あったとしたら、そのお金を配当金に回して課税されるよりも、自社株買いに使って課税を避けた方が複利効果の恩恵を最大化できるのです。
また、自社株買いは企業側にとってもメリットがあります。
配当金は支払ってしまえばそれで終わりですが、自社株買いは先ほどのように将来「処分」するという選択を持っておくことができます。(自己株式の処分は株主にとってはデメリットですが…)
また、配当金の増配を一度発表してしまうと、基本的には以降はずっとその水準の配当金を求められますが、自社株買いであれば現金が余っている時に単発で実施することができます。
もちろん、配当金を「記念配当」という形で出しても良いのですが、株主からすると配当金が減配されるよりは単発の自社株買いの方が心理的にも気持ちが良いです。
増配よりも自社株買いを積極的に行うべきだというのは、著名投資家のウォーレン・バフェットも主張しています。
株主総会などでも、個人投資家の「増配」を叫ぶ声が大きいのですが、本当に喜ぶべきは株価の値上がりによる還元です。
自社株買いによって、「実質的には、配当金をは同じ銘柄に再投資し、かつ節税できる」状態になるため、もし配当金のように現金が必要になれば、値上がりした株式の一部を売却すれば良いのです。
「株主配当よりも自社株買いを歓迎できる投資家」が増えると、株主にとっても企業にとってもより良くなると私は思います。
自社株買いのデメリット
あまり知られていない事実ですが、自社株買いにはデメリットが存在します。
自社株買いによる株主還元と配当金の増配、どちらの方が良いかという話には、下記のような意見があるからです。
配当金は既存株主のみを対象とし、自社株買いは(ストック・オプション保有者も含めた)潜在株主も含めた還元となる。
ストックオプションとは、経営者の業績報酬のようなものです。一定の業績や株価を達成すると、経営者などのストックオプション付与者には、自社株がプレゼントされます。
受け取った自社株は自由に売却できますから、ストックオプションを付与された経営者からすると、自社株を受け取ったタイミングで株価が高いほうが都合が良いわけです。
つまり自社株買いは、将来株式に転換されるストック・オプション保有者に対しても恩恵があります。一方で、配当金の増配は既存株主だけが恩恵を受けられます。
仮に100億円の株主還元を実施した場合、配当支払いなら既存株主だけで100億円を総取りできますが、自社株買いの場合は潜在株主と既存株主の両方で100億円を分ける形になります。
この意見を考えてみると、ストック・オプションが著しく多い企業の場合は、配当還元の方がメリットが大きくなる可能性も否定はできません。
長期保有を前提とするならば、課税の先送りによる複利効果の恩恵の方がメリットは大きくなると思いますが、、、悩ましいですね。
デメリット2:高すぎる株価での自社株買い
自社株買いのデメリットの2つめは、企業があまりに高すぎる株価で自社株買いを実行するケースです。
このケースはたいてい、
- 経営陣がストック・オプションを行使する目的
- 経営陣や大株主(社長など)が高値で持ち株を売りたい時
に行われ、いずれも私たち少数株主の利益を損なう行為です。
どのような株式も「高すぎる価格で買えば損をする」というのは言うまでもありません。
自社株買いそのものは、株主の1株あたり利益を底上げする効果がありますしかし、そもそも自社株買いの原資となる「現金」は株主のものです。
株価が安い状態で自社株買いをすれば、少ない費用でより多くの自社株を買い戻すことができ、既存株主の1株あたり利益を大きく底上げできます。
一方で、株価が高い状態で自社株買いをすれば、高額な費用でもわずかな自社株しか買い戻すことができず、株主価値の底上げに貢献しません。
この大罪の代表例が、ファッション通販のZOZOTOWNで有名なZOZO(3092)が2018年5月に実施した自社株買いです。
ZOZOは2018年5月、自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-2)を利用し、約250億円の自社株買いを行いました。
当時のZOZOは、この規模の自社株買いをするだけの現金を持っておらず、自社株買いの原資は銀行借入によってまかなっています。(この時までZOZOは無借金でした)
ZOZOが約250億円の自社株買いをするにあたり、持株を売却したのは創業者である前沢友作社長です。この自社株買いによって前沢社長は250億円の現金を手にしています。
問題はZOZOが自社株買いを実施したときの株価水準にあります。
当時の株価はZOZOの生み出す利益から考えると過大に評価されており、相当な期待を反映した「割高な株価」になっていました。
このような純資産の何倍もの株価で、借金をして自社株買いを実施した後に、ZOZOスーツのビジネスが上手く行かず、株価は急落します。
つまり、ZOZOは株主のお金を使って(銀行から借金をして)高値で自社株買いを実施し、前沢社長は高値で保有株を売却したのです。
ここまでは決して問題ではありません。
なぜなら株価が割高かどうかの判断はあくまで主観ですし、自社株買いの実施後に株価が上がるか下がるか、未来のことは誰にもわからないからです。
問題なのは、この当時に柳澤孝旨副社長兼CFOが「中計発表時は、PB事業の売上高が計画通り増えると想定していたし、自社株買いをしても、将来的に株価は当然上昇すると考えていた」と発言したことです。
株価が財務的に見て決して割安ではなく、むしろ割高である状況で「株価は上がると思っていた」という理由で自社株を買うという行為は、いわば「経営陣が投資的なギャンブルをしているのと同じ」です。
新しいビジネスが上手くいくかもわからない、財務的に見れば株価は割高という状況で、経営陣が株主のお金を使って(さらには銀行からお金を借りて)投機を行い、結果的に株価が大きく値下がりし、株主の利益を大きく損ねてしまった。ここに問題があるのです。
このZOZO自社株買い問題の詳細はZOZOのガバナンス意識が「一度は時価総額1兆円を越えた企業」とは思えないほどガバガバに見えるというブログに書かれています。(一読の価値ありです)
書籍「ティリングハストの株式投資の原則」にはこのように書かれています。
自社株買いによって勝者となるか敗者となるかは、企業が支払う価格に依存する。
配当と同様に、自社株買いは富の分配であり、創造ではない。しかし、配当とは異なり、自社株買いは富を株主に再分配することができる。
株式を本源的価値で買い戻せば、その取引は全員にとって公平なものとなる。しかし、本源的価値にプレミアムを乗せた価格で買い戻すと、忠誠心のある株主から、離れていこうとする株主に価値が移ってしまうのだ。
株式を本源的価値よりも安い価格で買い戻すと、売却した株主が負け、保有を続けた株主が勝つことになる。
多くの企業が低い価格でオプションを発行し、あとでより高い価格で自社株買いをしている。
出典:書籍「ティリングハストの株式投資の原則」
対象企業の本源的価値をどのように判断するか?は各自によって評価が分かれますが、自社株買いをするのであれば基本的にPBR1倍に近い水準(つまり財務的にみて妥当な水準)で行うべきだと私は考えます。
そうしなければ、本源的価値を大きく見積もりすぎている場合、長期株主の利益を損なうような自社株買いを行ってしまう可能性があるからです。
この問題は、PBR1倍以下で自社株買いを行った場合と、PBR1倍以上で自社株買いを行った場合で、1株あたり純資産(BPS)がどのように変化するかを計算してみるとわかります。
PBR1倍以下での自社株買いでは1株あたり純資産が増加し、PBR1倍以上での自社株買いは1株あたり純資産が目減りします。
もちろん、自社株買いの総合的なメリットを考え、PBR1倍以上で自社株を買い戻すことが正当化されるケースも多々あります。
しかし、明らかに株価が割高な水準で、企業が自社株買いを発表した場合には「何かあるな」と疑ってかかるべきです。
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